BAKANARY

バカがバカなりに調べた結果がこれだよ!!!

祝デビュー25周年!ついにWANDSを再評価する時がやってきた…のかもしれない

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先日、ZARDがデビュー25周年を迎え、発売したベストアルバムが4週連続トップ10入りを果たす快進撃を続けているというニュースを目にし、もう彼女がデビューしてから四半世紀が経つのかというしみじみした思いと同時に、同じ年に同じビーイング系からデビューした、あのグループがいることを思い出した。

WANDSも今年でデビュー25周年を迎えることをどうか忘れないであげてください

 一体、今WANDSにどれだけの知名度があるだろうか。若い人たちには『SLAM DUNK』のエンディングを歌っていた人といえば伝わるかもしれない。おじさんたちにはワイルドワンズじゃない方のワンズだよと言っても分かってもらえるかどうか。

ともかく、彼らは91年にデビューすると瞬く間にスターダムにのし上がり、あっという間に消えていった流れ星だった。

WANDSがデビューしたときボーカル上杉昇はわずか19歳

ウィキペディアによればWANDS

1991年夏頃、ビーイングの音楽プロデューサー長戸大幸を介し、ビーイングが主催している音楽振興会在籍の上杉と、BADオーディションで最終選考に残っていた柴崎により、二人組ユニットとして結成された。そこに大島を加え、同年12月にシングル「寂しさは秋の色」でデビュー。

出典:https://ja.wikipedia.org/wiki/WANDS

という経緯で誕生したようだ。デビュー時、ボーカルの上杉昇はなんと19歳。 

これ↓が19歳だったなんて、いろんな意味で衝撃がスゴい…。

寂しさは秋の色

寂しさは秋の色

 

たぶん、音楽振興会(音楽学校)在籍時に上杉を受け持っていた講師からビーイングの創業者で音楽プロデューサーの長戸大幸に連絡がいったんじゃないだろうか。

「とんでもないボーカリストが来ちゃったよ」と。

91年の夏には上杉とギター柴崎浩のユニットがすでに作られていたということは、上杉は高校卒業後、音楽振興会に通い始めてすぐに才能を見出され、即座にデビューのためのプロジェクトが立ち上げられたことになる。

音楽振興会でボーカルが才能を見出され、長戸大幸によってギタリストと引き合わされたという経緯はまんまB`zと同じ。ただ、結成当時B`zの松本孝弘はすでに名のあるギタリストだったのに対し、上杉も柴崎(デビュー時21歳)もまだ無名の若者であり、事務所やプロデューサーの意向を強く受ける立場にあった。これが、のちにWANDSをトラジディーへと向かわせる原因でもあるのだが…。

ちなみに、Being音楽振興会(のちのBeing Music School)はB`z稲葉浩志WANDS上杉の他にも、T-BOLAN森友嵐士大黒摩季倉木麻衣、DAIGOなどそうそうたるメンバーを輩出している。

中山美穂とコラボした「世界中の誰よりきっと」がミリオンセラー

キーボード大島康祐を加えデビューしたWANDSには事務所から大きな期待が寄せられていた。

プロデューサーにビーイング総帥である長戸大幸を迎え、デビュー翌年には女優として第2の絶頂期を迎えていた中山美穂と『世界中の誰よりきっと』でコラボも実現。

世界中の誰よりきっと

世界中の誰よりきっと

 

これは事務所の期待というかゴリ押しのおかげとしか言いようがない。 

それまで、WANDSは『寂しさは秋の色』『ふりむいて抱きしめて』『もっと強く抱きしめたなら』と3枚のシングルを発売しているが鳴かず飛ばず。まったく無名の新人バンドだったのだから。

中山サイドから「紅白は単独名義で出場させてね 」と言われてもしかたのないこと。実際にそんなやり取りがあったかどうかは不明だが、92年の紅白歌合戦で『世界中の誰よりきっと』を歌ったときには中山美穂WANDSではなく、中山美穂(演奏WANDS)という形での出演となった。

しかし、演奏者という立ち位置ながらWANDSが紅白に出演したことは大きかった。『世界中の誰よりきっと』の大ヒットによって、先行で発売していた『もっと強く抱きしめたなら』がじわじわと売り上げを伸ばしていたが、紅白出演効果で93年1月ついにオリコンチャート1位を獲得する。実に発売から29週目でのオリコン1位となった。

もっと強く抱きしめたなら

もっと強く抱きしめたなら

 

『もっと強く抱きしめたなら』はその後もロングヒットを続け、最終的な売上枚数は166万枚を記録。『世界中の誰よりきっと』の180万枚に迫まる勢いだった。

WANDS崩壊への序章

自身初のオリコン1位で幕をあけた93年はWANDS飛躍の年だったと言えるだろう。

『時の扉』『恋せよ乙女』『愛を語るより口づけをかわそう』『Jumpin' Jack Boy』のシングル4枚とアルバム『時の扉』『Little Bit…』の2枚を発表し、ほとんどの作品でオリコン1位を獲得。

この年、WANDSのCD総売上枚数は700万枚を超え、オリコン年間トータルセールスアーティストによれば125億円という凄まじい額を荒稼ぎしていたようだ。

これは、あくまでCDセールスだけの話。

しかも、こんなに稼いでいるのに実は年間トータルセールスアーティストランキングで2位だったというから驚き。1位は、ZARDの133.3億円。93年は年間CDシングル売り上げもアルバム売り上げもトップ10のうち半数以上をビーイング系アーティストが占め、ビーイングブームという社会現象を巻き起こしていたのだった。

WANDSZARDはこの年、ZYYG, REV, ZARD & WANDS featuring 長嶋茂雄『果てしない夢を』に参加し、共演を果たしている。

果てしない夢を

果てしない夢を

 

featuring 長嶋茂雄!?

なぜミスターに歌わせるんだって感じの謎企画ユニットWANDSが参加したときは衝撃的だった。WANDSはもともとそんなにメディアに露出するバンドではなかったし、稀にテレビで見る姿もかなりクールな印象があったので、ネタとしか思えないユニットに参加したのを見て驚きを隠せないファンも多かったはず。

ZARDWANDSで曲出した方が絶対に売れただろ…。

誰しもが思ったことだろうが、事務所からの意向をもろに受けるWANDSには選択の余地がなかったのも事実。確か、上杉が長髪にしていたのも事務所からの指示だったと何かの雑誌で言っていたような。al.ni.co結成時のインタビューではWANDSのことを「アイドル時代」と形容していたり、当時はしがらみがかなり多かったことをうかがい知ることができる。

特集: 猫騙(上杉昇)interview 「生きることは、自然に逆らうこと」 - OTOTOY

こちらのインタビューでも、旧事務所との方向性の違いを語っている。 

上杉個人に関して言えば、93年は『このまま君だけを奪い去りたい』(DEEN)『君が欲しくてたまらない』(ZYYG)『Please Please Me, LOVE』(Mi-Ke)『声にならないほどに愛しい』(MANISH)とビーイング系のアーティストに多数の作詞提供もおこなっている。WANDSとしてアルバム2枚を含む6枚のCDを発表し、ユニットにも参加、個人では4組のアーティストに作詞提供と勢力的に活動したと言えば聞こえはいいが、馬車馬のように働かされていたと思えなくもない。

93年はWANDSビーイングにとって飛躍の年であったことは間違いないが、事務所のちからがより強大になり、WANDSに対する拘束力も強まっていたそんな年だったのかもしれない。GUNS N' ROSESに憧れハードロックをやりたかった上杉と事務所との方向性には大きな開きができていったのだった。

 WANDS壊れる

事務所の方向性との違いに揺れるWANDSの姿は、作品の中から読み取ることができる。事務所の意向を強く反映したと思われるシングル『愛を語るより口づけをかわそう』の次に発売された『Jumpin’Jack Boy』にはこんな一節がある。

 I'm Just a Jumpin' Jack Boy?

ねぇそのままイカせて

身も心もキミだけを求め

いつもCrying Crying

もう胸がはちきれそう

その全てに触れてみたい…

Jumpin’Jack Boy/White  memories

Jumpin’Jack Boy/White memories

 

あくまで恋愛ソングのていをなしているが、Jumping Jackとは操り人形の意味であり、上杉はハードロックに強く惹かれていく心情を投影させていたのではないだろうか。

 そして、さらに次のシングル『世界が終るまでは…』でついに決心のときがやって来る。

世界が終るまでは・・・

世界が終るまでは・・・

 

 ファンクラブの会報で上杉が、「『世界が終るまでは…』でそれまでの自分の中のスタイルに終止符を打ちたかった」と語っているように、この作品はこれまでWANDSとしてやってきたものの集大成でありながら、決別を意味していた。

この作品はアニメ『SLAM DUNK』のエンディングテーマとなり、WANDSとして最後のミリオンセールスを記録する。「最後に思いっきり事務所の意向に沿ったWANDSっぽいのやろうぜ」と作った作品が100万枚以上売れてしまうのだから才能がすごい。

事務所側が必死にJ-POP路線の曲を作らせようとした気持ちも分からなくない。

しかし、事務所や視聴者が求めていたWANDSのスタイルはこれで本当におしまい。

その後発売された『Secret Night 〜It's My Treat〜』や『Same Side』ではがなり声で歌う上杉の姿があり、ライブではアクセル・ローズに感化されまくった格好で登場。そして、『WORST CRIME〜About a rock star who was a swindler〜』直訳すれば「最悪の犯罪〜詐欺師だったロックスターについて〜」を発表したのち、上杉はWANDS脱退を表明した。柴崎も「上杉のいないWANDSに興味はない」と語り、WANDSから去っていったのだった。

これはデビューからわずか5年ほどの出来事である。

第3期WANDSってなんぞ?

主要メンバーである上杉と柴崎が脱退し、新たにal.ni.coというユニットを結成したことで、WANDSは解散するものだと思われていた。

残されたキムシンカワイソスくらいに思っていたのだが、キムシンことキーボード木村真也を中心に新たにボーカル和久二郎とギター杉元一生を加え、アニメ『ドラゴンボールGT』エンディングテーマ『錆びついたマシンガンで今を撃ち抜こう』を引っさげて第3期WANDSが爆誕するのであった。 

錆びついたマシンガンで今を撃ち抜こう/トライ・アゲイン

錆びついたマシンガンで今を撃ち抜こう/トライ・アゲイン

 

第3期ってなんぞ? 初期からのファンだけど1期2期を知らないんだが。

というのも、第3期というのは完全に後付け設定なんだよなぁ…。『世界中の誰よりきっと』からキーボードが大島から木村に変わっているのだが、そこを境に第1期と第2期だったということにしたらしい。要するに、WANDSはあくまでビーイングによるプロジェクトですよアピールだ。

なお、WANDSというバンド名が上杉(Wesugi)AND柴崎(Sibasaki)に由来するという説が世間に広まっていたため、新メンバーの名前まで和久(Waku)AND杉元(Sugimoto)にしちゃったからすごい。この方々、本名は松元さんと安保さんです。そして、相変わらずキムシンはスルーなのね。

そもそもWANDSという名前はタロットカードの魔法の杖WANDから取ったはずなのだが…。上杉ならWesugiではなくUesgiだし。

第3期WANDSには驚くべきポイントがいくつもあるのだが、何より驚いたのは新ボーカル和久の歌声がとにかく上杉にそっくりなこと。たぶん、熱心なファンでなければ、WANDSのボーカルが変わったことに気付かなかっただろう。それくらい声質や癖をそっくりそのままに歌わせているのだ。

ここまで作り上げて、旧メンバーを潰そうとするビーイングオソロシス。

話し始めればきりがないが、第3期についての話題はこのくらいにしよう。第3期のCDも全部買ったし、楽曲を提供しているのが小松未歩坂井泉水だったりして確かに曲もかなりいいのだけど。やっぱりそれまでのWANDSとは別物というか、類似品にしか思えないのが正直なところ。

結局は第3期WANDSも実質1年半ほどの活動で“解体”になってしまったし、演者の気持ちを無視して事務所主体でバンドを作ってもうまくはいかないのだろう。

で、結局何を再評価すればいいの?

WANDSの魅力はどこにあるのかというと、上杉のボーカリストと作詞家としての天性の才能ではないだろうか。柴さんとキムシンには悪いけれども。

19歳デビューした当時から、上杉の低音の安定感や高音の美しさ、ビブラートは別格だった。せつないラブソングを歌わせれば右に出るものはいないんじゃないかと思えるくらいなのだが、本人はそれを望まなかったんだよなぁとしみじみ。

YouTubeの動画を貼りたいところではあるんだけど、オフィシャルのものがないようなので、そこは各々聞いてみてください。ライブでのパフォーマンスも喉からCD音源と言われるような素晴らしいクオリティ。

そして、もうひとつの魅力である作詞家としての才能は、これも天性なんだろうなと。深みのある詞を書くわけではないが、「世界が終るまでは…」「このまま君だけを奪い去りたい」「声にならないほどに愛しい」などキャッチーな言葉選びのセンスがずば抜けている。後期の葛藤と破滅を含んだ詞も胸を締め付けられるほどに美しい。

幾度となくタッグを組んだ作曲家・織田哲郎も上杉の作詞家としての才能を認めている。

織田哲郎ロングインタビュー第15回|織田哲郎Project2007

この趣旨の発言は他のインタビューでも何度かしているので、本気で称えているんだと思う。

ちなみに、このふたりは2012年におこなわれたアニメソングのライブイベント『Animelo Summer Live 2012』でも共演を果たしている。このライブに出演した上杉の見た目の変わりようが凄まじかったが、歌声は相変わらず素晴らしいんだよなぁ。

もう、WANDSが再結成することはないだろうけど、デビューから25年ということで、実家から8センチCDを掘り起こして聞いてます。本当に懐かしい。

みなさんもこの機会に、WANDSを聞いてみてはいかがでしょうか?